罪刑法定主義

罪刑法定主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)は、ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令(議会制定法を中心とする法体系)において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならないとする原則のことをいう。公権力が恣意的な刑罰を科すことを防止して、国民の権利と自由を保障することを目的とする。事前に法令で罪となる行為と刑罰が規定されていなければ処罰されない、という原則であり、遡及処罰の禁止などの原則が派生的に導かれる。刑罰に限らず行政罰や、損害賠償等の民事罰にも適用されると一般的に解される。


根拠

罪刑法定主義の根拠は、以下のように自由主義・民主主義の原理にこれを求めることができる。

どのような行為が犯罪に当たるかを国民にあらかじめ知らせることによって、それ以外の活動が自由であることを保障することが、自由主義の原理から要請される。
何を罪とし、その罪に対しどのような刑を科すかについては、国民の代表者で組織される国会によって定め、国民の意思を反映させることが、民主主義の原理から要請される。

派生原理

罪刑法定主義の派生原理として以下のような事項が要求される。

慣習刑法の禁止
刑事法における類推解釈の禁止
法の不遡及(事後法の禁止)
絶対的不定期刑の禁止
明確性の理論
実体的デュー・プロセスの理論
判例の不遡及的変更の原則

批判

それまで法律が想定していなかったような態様の犯罪が発生した場合に、これを柔軟に処罰することができない罪刑法定主義は批判的に捉えられることもある。

しかし、罪刑法定主義は個人の人権保障に不可欠の制度であり、また近代国家においてほぼ例外なく認められている原則であるから、このような問題は立法府が立法の不備を少なくすることで解決すべき性質のものである。

これに対し、罪刑法定主義という観念を有しない伝統的な英米法の法域では、後述のとおり、行為時に、成文法で禁止されておらず、判例上も犯罪として認知されていなかった行為が、裁判の結果、コモン・ロー上の犯罪として処罰されることがあり得る。その意味で、コモン・ロー上の犯罪には、「弾力性」がある。

日本における沿革

日本も含めて近代以前のアジア諸国の律令制度においては、社会秩序の維持を名目として、法令に該当しない犯罪を裁く規定である「断罪無正条」や、法令に該当しない軽犯罪の裁判を行政官の情理による裁量に委ねる「不応為条」が必ず設けられており、類似の犯罪行為の規定からの類推適用が許されてきた。

罪刑法定主義が日本で採用されるのは明治時代の旧刑法施行以後のことであり、大陸法の影響を受けた明治憲法(第23条)や、現行の日本国憲法(第31条、第39条)には罪刑法定主義に該当する条文が存在する。ただし、現行刑法には罪刑法定主義について直接触れた条項は存在しない。

かつてのよど号ハイジャック事件や新潟女児誘拐監禁事件 のような、予測可能性を超えた犯罪が発生した場合に、柔軟に処罰することができない、という点について、刑罰規定のあり方が問われる場面があった。

英米法

英米法は、伝統的に罪刑法定主義の観念を有さず、裁判所は、成文法で禁止されていない行為であっても、コモン・ロー上の犯罪として、適当な刑罰を科すことができる。この法理は、現在でも、イギリスやアメリカの多くの法域において維持されている[2]。

コモン・ロー上で「犯罪」とされる行為の多くは、「先例」によって古くから「犯罪」とされてきた行為であるが、「先例のない行為」であっても、新たに「コモン・ロー上の犯罪行為」として認知され、刑罰を科されることがある。例として、イギリスのShaw事件(1961年)[3]やアメリカのMochan事件(1955年)[4]などがある[5]。

英米法においても、「事後法の禁止」という考え方は一応存在する(アメリカ合衆国憲法第1編9節3項、10編1節など)。しかし、新たに「コモン・ロー上の犯罪」を認めたとしても、「事後法の禁止」に抵触しないとされる。コモン・ローは、「十全な体系として昔から存在するものであり、判例は、それを宣明するものにすぎない」という立場に基づいて正当化されている[6]。

参考

マグナ・カルタ第39条
Nullus liber homo capiatur, vel imprisonetur, aut disseisiatur, aut utlagetur, aut exuletur, aut aliquo modo destruatur, nec super eum ibimus, nec super eum mittemus, nisi per legale judicium parium suorum vel per legem terre.
いずれの自由人も、同輩による適法の審判又は国法によるのでなければ、逮捕、収監、押収、追放他一切の侵害を受けることはなく、我々は、それを及ぼすこともない。
大日本帝国憲法第23条
日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
日本国憲法第31条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

  • 最終更新:2009-05-20 15:13:59

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード